音楽のある風景 vol.1 風にのったアプローズ あついあついシンガポールで、 とくに、何を練習するでもなく、思いつくまま、暗譜しているレパートリー曲を 中庭のプールやテニスコートを挟んで、細長い敷地に向かい合わせにいくつかの棟が並んでいる。にょきにょきと天に向かって伸びて行く建物が目立つ小さな島国なので、深い緑に囲まれた低層のコンドミニアムは、ほっとする。ここには、ローカルの人々(*)のほかに日本人をはじめ外国人も多かったが、比較的ヨーロッパ系の住人が多かったのは、こうした佇まいが好まれたようだった。 向いの棟では、洗い髪をドライヤーで乾かしている奥さん、洗濯物を干しているアマさん(*)、リビングでおもちゃの車を乗り回している子ども・・・。ベランダが向かい合っているので、向こう側の生活の様子が伺える。 いくつも並んだベランダのひとつに、ガーデンチェアに大きな体をもたれかけてくつろいでいる男がいた。プールで、飲みものを用意してデッキチェアに横たわる白人をよく見かけるが、ほお髯をのばしたスラブ系のようにも見えるこの人は、ベランダのこの場所がお気に入りのようだった。聞くところによると、船乗りだという話だ。・・・なるほど。太い体のポパイのような腕には、いれずみもある。長い休みには、こうして、ゆったりと時間を過ごすのだろう。 一度、その隣の部屋に住む日本人宅で、インターナショナル・ディのため浴衣を着せてもらったことがある。最上階5階の部屋からは、4階建のこちらの棟や隣合う巨大なコンドミニアムばかりでなく、思いがけなく、丘の向こうの町並みまで見えて、おどろいたものだった。4階にある我が家からは、向かいの棟と、その背後に、熱帯の陽射しにこんもり育ちすぎた木々が見えるだけ。一階分の高さで、こんなに日常の眺めが違うとは・・・。小さく見える町並みに、銀色に光るMRT(*)が走っていく。広がる青い空。高架の向こうには、ほどなく海があるはずだ。 ポパイは、ゆったりと椅子に座ったまま、動かないでいる。ビールグラスを手に、そんな風景を見ながら、何を想っているのだろうか。眼の端に、さまざまな生活のショーケースのような大きな窓々を感じながら、弾きつづける。ひとしきりモーツァルトを弾いて、それから・・・? 鍵盤で指が迷う。今日の気分にショパンはちょっと重い。奏ではじめたのは、ドビュッシーだった。 音大時代、「自分のソロ・リサイタルのプログラムを組み、プログラムノートを書きなさい」という課題に、ドビュッシーのプレリュード全曲のプログラムで、「光と風と水と」と題する小論文を書いたことがある。今となれば、いろいろな作曲家の組み合わせの妙を楽しみたいが、当時は、フランス物が好きで、中でもドビュッシーが好きだった。プログラムはともかく、ドビュッシーを「光と風と水と」と表現したこの時のほんの思いつきのような感覚は、意外にドビュッシーの本質に迫ってたのでは?と思う。 「月の光」。ただ2つの音の重なりから、透明な響きが広がっていく。この響きの中には、感情はいらない。光のように、風のように、水のように、さらさらと、きらきらと、どこまでも流れて広がっていく音楽。響きが風にのっていく。意識が響きに溶けていく・・・。フランス生まれの音が、私の意識と触れ合って、南国の光を浴びて、風に乗って、踊り出す・・・。 アルペジオ最後の高音で曲を終え、余韻が消えるか消えないかという時、拍手が聞こえ我に返った。ポパイが椅子から立って、こちらに向かい、手をたたいている。私は、まだ、ぼおっとした頭で、ふらっと立ちあがり、ぎこちなくおじぎをした。 ふとピアノを弾いた、向いの住人が拍手してくれた。ただそれだけのことなのに、この時のことを思うと、なぜか心がふるえる。すべてがつりあって、気持ち良い時が流れていた。どこにもとどこおりなく、なんの濁りもない、奇跡的な時間が、そこにあった。
vol.2 |
|||||||
| ♪ドビュッシー作曲「月の光」♪ ”ピアノ名曲集”のようなアルバムには必ず入っていて、誰もが聴いたことのある名曲である。 ”ベルガマスク組曲”という、4曲組みの組曲の第3曲。 ♪おすすめCD♪ モニク・アース ドビュッシー全集 ドビュッシーの名手といわれる人はたくさんいるけど、モニク・アースを聴かずして、ドビュッシーは語れない! 何も足さない、何も引かない、生きている音楽!あまりにさりげなく、あまりに自然でいながら、心の奥まで沁みてくる。 |
Maylinプロフィール | ||||||