作:あくっちゃん

ニカラグアの地図(産経新聞社の資料より)
http://www.sankei.co.jp/map/chubei.html

第1回 ニカラグアの概要を読む
第2回 食と娯楽
第3回 ニカラグア人の好きなところ・嫌いなところ
第4回 ニカラグアにある日本製品
第5回 ニカラグア人の日本人観

第7回 ハリケーン −その2−
第8回 ハリケーン −その3−
第9回 ハリケーン −番外編−
第10回 今まで出会った人たちへ感謝をこめて

第6回 ハリケーン −その1−

今回から数回にかけて、1998年10月下旬から11月上旬にかけて中米を襲ったハリケーン・ミッチについて書こうと思います。観測史上4番目の大きさと言われるこのハリケーンの風雨により、中米各国は甚大な被害を受けました。ニカラグアでは私の任地など含めた北西部での被害が特に大きかったのですが、何せ1年半近く前の話になってしまうので、多少曖昧な部分もあると思いますが・・・・・・・・・・・。

この年は確かに雨が多かった。
ハリケーンが来る1ヶ月半前の9月の中旬にも一度大雨の被害を受けていた。

たまたま日本から遊びに来た妹とその友人を連れて、首都から私の任地にバスで向かおうとしたところ、とある川を渡るところで大雨のために足止めを食らった。
というのも、その当時、そこは橋を改築中のためにその横に仮設橋をつくってあったのだが、その仮設橋が大雨のために川が溢れてしまい渡れなくなってしまったのである。

任地へ向かうにはそこ以外に道路はなく、おびただしい数の車やバス、トラックが私たちと同様足止めを食らっていた。
結局、雨足が弱くなるまで待つことにしたが、2時間近くたっても相変わらずの雨足。
仕方なく、工事中の橋(仮設橋より高い位置にあった)を徒歩で渡って、対岸にあるバスに乗り(他の人たちも同じことをしていた)、任地へと向かった。

この大雨に関しては、現地にテレビカメラ等も取材に来ており、翌日は新聞の第一面に載るほど大きな出来事だったらしい。

私の妹はその新聞を日本に持ち帰り、家族などに「この1面に載っている現場に私たちがいたんだよ」と自慢していたという。
それでも、その時はたくさんの橋が決壊してしまうほど大きな台風が来るなんて予想もしていなかった。

10月も下旬に入った頃から、ふだんよりも雨量が多くなり、降る時間も長くなってきたような気がする。そして10月最後の1週間がやってきたのである。
その頃はもう隣国ホンジュラスの上空に大型ハリケーンが来ているらしいと聞いていたが、あまり深刻にとらえていなかった。確かに週明けからやけに雨が多いなあ、とは思っていたが。

建設中の橋の上を
徒歩で渡る人々

濁流の下になった橋

そして水曜日の夜。大雨。
仕事を終えた後、いつもの如く仲の良いおばちゃんの家を訪ねた。おばちゃんは深刻な顔で、何か電話をしていた。
なんとホンジュラス国境付近のソモティージョという町の入り口の橋が、大雨のために決壊したのだという。任地からバスで1時間半の地点である。
週末にソモティージョの近くにあるおばちゃんの親戚の家に行くことになっていたが、橋が落ちたのではどうしようもない。
そうしてそうやって話している間に、だんだん雨は激しさを増してきた。
そのうち、ん?床がなんか濡れてきた。何と大雨のせいで、比較的低地にあるこの家に水が入り込んできたのである!
日本の家と違って床は土間なので、水をかき出せばそれでことは済むのだが、こんなこと初めてだという。

とにかく息子達と一緒に箒やスコップなどで必死に水をかき出して、事なきを得た。
そのころには雨も少し弱まったので、私も家に帰った。
家でも、あと少しで水が家の中に入りそうになったということである。

翌日、おばちゃんの息子は近所の人に昨日のことを興奮しながら話していた。
しかし、それで話は終わったわけではないのである。

 

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